あまり時間がないのでここだけ更新しています。
その日書いた分をまとまりなく記事にしています。
ある程度まとまったらHTMLにする予定です。
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診察室から出ると、待合室はさっきまでよりも賑わっていた。とは言っても、誰も自由には喋らない。親子連れ、夫婦、恋人同士……のように見えるいくつかのグループが、弱々しい声で断片的な会話を交わしていた。
「へーくん!」
患者を並べたソファーの一番前で、あーちゃんが大声でおれを読んだ。甲高い少女の声。人々は萎縮し、受付で働く看護婦たちが鋭い目をこっちに向けた。
「あーちゃん、病院では静かに」
「遅いです。何の話をしてたんですか?」
あーちゃんは全くおれの話など聞かずに、まだ大きな声で……実際、大声というほどでもないんだけど、でも病院の待合室では十分騒がしく聞こえるだろう。
そんな事、言っても仕方ない。おれは診察前と同じように、彼女の隣へ腰を下ろした。
「いつも通りだよ。不安はないかとか、睡眠障害とかそういう……」
等と嘘八百、慎重に並べながら、あやふやに煙に撒く。
「よくなりそうですか?」
「うん」
取り敢えず、相槌。
「ふーん。へーくんは、安全なところに居ますからねー」
「ん? どういうこと?」
まるでこの子は危険なところにいるみたいな言い方だ。
「正直にお話してるんですか、あの医者と」
向き合った彼女の目が、不満げな光でどよんでいた。それは単に、診察というやつが長引いて、待たせてしまったからいじけているのかと思っていたけど。いや、家を出るときから不貞腐れて口を尖らせていたから、単に病院が嫌いなのかと思っていた。病人扱いが、というか狂人扱いが、嫌なのかも、なんて。
どうやらそれは甘い考えだったみたいだ。
あの医者、と、憎々しげにあーちゃんは発音した。
「そりゃ、おれは患者だし、あの人は医者だからね」
「わたくしはですね、どうしてへーくんがあの医者を紹介してきたのか考えているのです」
「だっておれと同じ病院に通った方がいいだろ? こうして一緒に来れるんだから」
言って、おれはソファーの上に置かれた彼女の手を慎重に握った。
「これはデートですか?」
「そう」
「頭おかしい二人の、慎ましやかなお付き合いですね。精神病院デート」
「心療内科だよ」
おれは彼女の白いワンピースの袖口ばかり見ていた。あーちゃんがとんでもないことを言い出すから、どうも気まずくて。変に静かな待合室が。ここにはたくさんの人がいるのに。
病気の人々は自分のことで手一杯で、同時に世界のすべてが気になって仕方がない。おれがそうだから、きっとみんなそうだと思う。
「わたし、あの先生がきらいです」
「初対面じゃないか」
あーちゃんがこの病院に来るのは、今日が初めてだ。これまで、彼女の親戚は人目を気にして遠くの街の病院に通わせていた。彼女はそれに従っていた。特に何の意図もなく。親戚連中が彼女の問題からほとんど完全に目を逸らし切っても、彼女は特になんの意図もなく同じ病院に通っていた。その病院はあーちゃんに薬を受け渡す以外の何の役にも立っていなかった。
別に彼女にとって病院なんてどこでもいいし、なんでも良かったのだ。
だからちょうどいいと思って、おれはあーちゃんの病院を移すことにした。
「どうしてこの病院にしましたか?」
「知り合いに紹介してもらったんだ」
「どのお知り合い?」
「かなり昔にお世話になった人」
と、嘘。
「名前を言いなさい名前を」
「新野先生っていう人」
「知らない人」
「だろうね」
「むー、へーくんは私に教えていない人間関係がありますね」
「ま、一個人として。嫉妬してくれる?」
「私、物分かりいいように見えます?」
「見えない」
「その通りです。私はあいつが嫌いです」
「善法寺先生」
「善法寺伊作。あの人は嘘つきです。嘘つきは嫌い」
嫉妬、じゃないよなあ、これ。
嘘つきじゃない人間なんていないのにな。あーちゃんだってそうじゃないか。
「だからあいつは私の敵なんです」
と、彼女はむくれてそっぽを向いた。
「へーくん!」
患者を並べたソファーの一番前で、あーちゃんが大声でおれを読んだ。甲高い少女の声。人々は萎縮し、受付で働く看護婦たちが鋭い目をこっちに向けた。
「あーちゃん、病院では静かに」
「遅いです。何の話をしてたんですか?」
あーちゃんは全くおれの話など聞かずに、まだ大きな声で……実際、大声というほどでもないんだけど、でも病院の待合室では十分騒がしく聞こえるだろう。
そんな事、言っても仕方ない。おれは診察前と同じように、彼女の隣へ腰を下ろした。
「いつも通りだよ。不安はないかとか、睡眠障害とかそういう……」
等と嘘八百、慎重に並べながら、あやふやに煙に撒く。
「よくなりそうですか?」
「うん」
取り敢えず、相槌。
「ふーん。へーくんは、安全なところに居ますからねー」
「ん? どういうこと?」
まるでこの子は危険なところにいるみたいな言い方だ。
「正直にお話してるんですか、あの医者と」
向き合った彼女の目が、不満げな光でどよんでいた。それは単に、診察というやつが長引いて、待たせてしまったからいじけているのかと思っていたけど。いや、家を出るときから不貞腐れて口を尖らせていたから、単に病院が嫌いなのかと思っていた。病人扱いが、というか狂人扱いが、嫌なのかも、なんて。
どうやらそれは甘い考えだったみたいだ。
あの医者、と、憎々しげにあーちゃんは発音した。
「そりゃ、おれは患者だし、あの人は医者だからね」
「わたくしはですね、どうしてへーくんがあの医者を紹介してきたのか考えているのです」
「だっておれと同じ病院に通った方がいいだろ? こうして一緒に来れるんだから」
言って、おれはソファーの上に置かれた彼女の手を慎重に握った。
「これはデートですか?」
「そう」
「頭おかしい二人の、慎ましやかなお付き合いですね。精神病院デート」
「心療内科だよ」
おれは彼女の白いワンピースの袖口ばかり見ていた。あーちゃんがとんでもないことを言い出すから、どうも気まずくて。変に静かな待合室が。ここにはたくさんの人がいるのに。
病気の人々は自分のことで手一杯で、同時に世界のすべてが気になって仕方がない。おれがそうだから、きっとみんなそうだと思う。
「わたし、あの先生がきらいです」
「初対面じゃないか」
あーちゃんがこの病院に来るのは、今日が初めてだ。これまで、彼女の親戚は人目を気にして遠くの街の病院に通わせていた。彼女はそれに従っていた。特に何の意図もなく。親戚連中が彼女の問題からほとんど完全に目を逸らし切っても、彼女は特になんの意図もなく同じ病院に通っていた。その病院はあーちゃんに薬を受け渡す以外の何の役にも立っていなかった。
別に彼女にとって病院なんてどこでもいいし、なんでも良かったのだ。
だからちょうどいいと思って、おれはあーちゃんの病院を移すことにした。
「どうしてこの病院にしましたか?」
「知り合いに紹介してもらったんだ」
「どのお知り合い?」
「かなり昔にお世話になった人」
と、嘘。
「名前を言いなさい名前を」
「新野先生っていう人」
「知らない人」
「だろうね」
「むー、へーくんは私に教えていない人間関係がありますね」
「ま、一個人として。嫉妬してくれる?」
「私、物分かりいいように見えます?」
「見えない」
「その通りです。私はあいつが嫌いです」
「善法寺先生」
「善法寺伊作。あの人は嘘つきです。嘘つきは嫌い」
嫉妬、じゃないよなあ、これ。
嘘つきじゃない人間なんていないのにな。あーちゃんだってそうじゃないか。
「だからあいつは私の敵なんです」
と、彼女はむくれてそっぽを向いた。
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