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「いつも勘違いされることなんですが、別に、おれはそんなに過去のことは気にしてないんです。まあ、でも、そう表現すると嘘になるんですけど。でも昔のことで何を言われても傷ついたりはしませんよ。あれは別におれの責任じゃないし。だからご自由に無神経なことでも侮辱的なことでも言ってみたらいいんじゃないですか」
 早口に、皮肉・自虐・挑発。拗ねた十代の若者みたいじゃないか。間違っちゃいない。嘘も言っていない。
 それを言い終わるまで、この警察官はおれの顔をじっと睨んでいた。単に喋っている人間の顔を見て聞いていただけかも知れないが。睨んでいるように思えたのは、何となく敵意のようなものを感じているからだろう。おれが。片想いに敵意を。だいたい今のおれには警察という存在が脅威だ。
「悪い話じゃない。警察はいつでも被害者の味方だ」と、当たり前の建前を宣言した。「だからおれは、最大の被害者であるお前が、殺人犯であるかのように世間に扱われていることが許せないんだ」
 言葉をそこに置いて、男は静かに深く息を吸い、吐き出した。
 過去の話。来年で十年が経過する。いつもそればかり持ち出されるが、記録の他にはもう何も残っていない。
「事件が発覚した経緯は周知の通り、被害者少年自らによる通報だった」
 と、男は言った。
 それからまた口を噤んた。おれがその時の情景を、不確定な記憶を頼りに脳髄に蘇らせるだけの時間を待っていた。
 忘れられない光景だ。そもそも、おれは結構な記憶力の持ち主で、あまり物を忘れるということをしない。それでも人の記憶というものは、時間の経過で変化していってしまうものだと理解している。

 ちょうど全ての思惑が片付いてから、警察が犯人宅へ突入してきた。
 全身が暗い色をした大きな人間がやってきた、と思った。これはその時の感じたままの感想。
 彼らはつまり警察というやつだった。いたいけな少年少女の人生が全部手遅れになってから、やっと助けに来たのだ。
 とはいえ、その時のおれにはその存在に関する知識はあっても、実際にお世話になったことがなかったので、玄関から窓から顔を並べて覗き込んでいる知らない顔に対して、どう反応すべきか判らずに立ち尽くしたままだった。
 助けを呼ぶでもなく。リビングには全身滅多刺しにされた女性二人の死体、気絶した痣だらけの少女。
 茫然自失と立ち尽くしていたのは、おれだけじゃなかった。駆けつけた善良な他人の警察官たちも、異様な光景に息を呑んで全身を強張らせていた。
 当初の容疑者はおれ一人だった。
 無理もない。その事件現場においておれは比較的軽傷で、意識をはっきり保っていた。おれの足元にはひと目で凶器と判る出刃包丁が転がっていた。おれの指紋も検出された。
 しかしおれも含めた生き残りの被害者は、事件直後はただただ呆然として、まともな証言は得られなかった。


Dropboxって便利だ

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