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「兵助、おれも帰るわ」
 勘右衛門も立ち上がり、それからおれの耳元に口を近づけた。
「あれがおまえの親父? なんか……」
「おかしいだろ。見たまんまだ」
「変に若い」
 言いながら、勘右衛門は小さく頷いた。異常な点はそれだけじゃないが。面倒な内容を後に回す程度の分別はあるらしい。
「こんにちは。久しぶり」
 店内を真っ直ぐに近付き、声を掛けるのに不自然でない距離まで至ってから、父親は声を出した。
 まるで親子の再会とも思えない淡々とした短い言葉を、眉を下げていかにも悲しそうに、本心ではもっと溢れんばかりの愛情を抱いているのに、深い事情のためにそれを発揮することが許されていないのだ……と、そんなふうに周囲に思わせる態度をとる。
 おれの目の前まで来て、立ち止まった。
「探したよ」
 目元に涙が滲んでいる。握手を求めるように右手を差し出した。
 別に肉体の生理的反応を促すのはそう難しくない。嘘泣きができるなんて特技の内にも入らない。
 この男の感心の性質で感心すべき点は、その誰でもできるような演技をごくごく自然に連続で、周囲の誰もが納得するまで根気よく続けることができるということだ。涙一つに留まらず。
 一ヶ月前に行方不明になった一人息子と、やっと再会することができた。といった設定が大嘘であろうと、真面目にやり切る。多大な執着心と尊大な妄想を併せ持っていながら、今のところまでの人生が破綻していない……というか破綻していることを世間に隠し通していられるのは、この虚言癖の積み上げてきた結果だろう。
 要するに救いようのない嘘つきである。
「何も言ってくれないんだね」
「食満留三郎さんと知り合いなんですか」
「え?」
「職務をこえて尽くしてくれてたみたいなんで」
 奴は驚いたような、困ったような顔をした。言うまでもないが、こんな仕草の一つも周囲を自分の思うように動かすための嘘で、本心は別の所にある。断言してやる。
 窓の外にまだあーちゃんがいる。あの大きなボストンバッグの中身はなんだろうか。小学生ぐらいの子供の死体ならちょうど入りそうだ。
 それを見せるために、わざわざ出向いて来たのか?
「いや、学生の頃の後輩なんだ。知らない仲じゃなかった。だから、息子が家出したと聞いてちょっと一肌脱いでやろうと思って」
 後ろから、刑事さんが答えた。
 これは半分は嘘だ。数年前の父親の友好関係がどうなっていたのかなんて知らないが、彼がおれを探したのはさっき言っていた犯人探しのためだろう。

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