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あまり時間がないのでここだけ更新しています。 その日書いた分をまとまりなく記事にしています。 ある程度まとまったらHTMLにする予定です。
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 こんなところでやり合って、おれの方には不利益しかない。父親の方は、色々あるんだろうけど。
 おれは出口に向かって真っ直ぐに歩いた。ざわついたファミレス店内に好奇の視線が飛び交っている。できるだけ目を合わせないようにして、父親の横を通り過ぎた。奴は何かに耐えるような顔で目を瞑り唇を噛み、道を譲った。勘右衛門が後に続いた。
「すみません、先輩。あの子はまだ幼児同然で……」
 後ろから父親の声が聞こえた。あの刑事に向かって言っているのだろう。やはり判り易い物言いだった。

□十二、被害者少女A
 ファミレス前の薄ら汚い路上から彼女の影が無くなっていた。あのクズと言い合っている内に、いなくなってしまった。どこに消えた?
「おい、兵助、ちよっと待てって」
「なんだよ」
 背後から勘右衛門に肩を掴まれて、立ち止まった。
「なんだよってお前な、ちょっと説明しろよ」
「何を? 親のこと? なら見たまんまだって」
「それも気になるけどさ。まずお前、どこに行くのよ」
「あ?」
「お前んちこっちじゃねーだろ」
 と、勘右衛門はおれの走っていた方向を指さしつつ言った。日の落ちかけた青黒い住宅街の隙間を縫う路地裏。
「別にどっか用事あるってんなら、いいんだよ。でも急に走り出すってのはさ、異常だよ」
 急いでいた。慌てていた。彼女が消えた。探そうと思った。異常でもない。でも、他人の目から見たら、異常か。
「さっき、外に綾部がいたんだ。一年の、綾部」
「外?」
「父親の後ろに居た。店に入って来なくて、気がついたら居なくなってた」
「あの一年の女子か」
 呟いて、少し考えてから首を振った。
「見てない。覚えてない」
「居たんだ」
「お前の親父と一緒にってこと?」
「そう」
「何でだよ」
「知らない」
「ああ、だからか」
 勘右衛門はふっと笑い、おれの横に並んだ。いや、通り越して道の先に立った。
「探して聞き出せばいいわけだ。こっち?」
「あっちの方に住んでる筈だから。とりあえず無事に家に帰ってれば」
「なるほど」
 頷き、歩き出した。おれも。走る程でもない速度で。
「家に帰ってるって確証あるわけ?」
「ない」
「他に心当たりは」
「……ない」
「いや、実はファミレス周辺にまだ居る可能性だってあるでしょ。お前の親父が連れて来たって言うならさ」
 その通りだし、もしかしたら奴の自宅へ向かっているかも知れない。おれは自分が生活していた建造物の場所ぐらい覚えている。ここからさほど離れてはいない。あるいはあのボストンバッグの中身を遺棄するために、人気の無い森に入って行っているかも知れない。
 彼女の意図なんて判らない。判れば追いはしない。
「もしも彼女が家に帰っている訳じゃないなら、諦める」
「え、なんで? どういうこと?」
「誰にも言うなよ」
 立ち止まる。勘右衛門に向き直った。おれはまるで犯人の死刑判決を待つ遺族のような深刻な表情をしていただろう。比喩にもならない。まるで……まるでその通りだ。
 中途半端に振り返った勘右衛門が、何か言いたげに口を開き、しかしながら黙ってこっちの出方を待った。
「あいつが犯人なんだ」
「犯人」
 囁くように、呟くように、オウム返しに、勘右衛門は独り言ちた。
「最近の」
 と、そこまで言った時、勘右衛門が首を振っておれを制した。
「人が来る」
 それまで向かっていた方向を指さし、低く言った。歩き出す。大股で追って、横に並んだ。
 奴が追ってきている可能性は、否定できない。
「最近の?」
「誘拐と殺害と遺棄」
 自然、二人揃って低い声になる。
「お前の親父だ」
「そうだ。別に、親が殺人犯の奴だってこの世にいくらでも居るだろ。殺人なんて世界中いつでもひっきりなしに行われてるんだし」
「まあ、そうだろうけどよ。なんで警察に行かないの?」
「証拠がない」
「じゃあ何で……」
「だっておれが容疑者に数えられてるんだ。被害者の一人がいなくなった前後で、目撃証言があって」
「あっ」
 小さく驚愕の声を上げて、勘右衛門はまじまじとおれの顔を見つめた。それからゆっくりと、全身を頭上から踵まで、視線を一往復させた。
「先に気付けよ、名探偵」
 先日からバラバラ死体で見つかってる女の子と、ほぼ同時期に行方不明になった双子の兄がいる。ほぼ一ヶ月半以前。彼の消息は不明なままだ。おれも知らない。が、彼が姿を消す直前に、その自宅近辺で不振な男が目撃されている。
 これは一応、警察が掴んでいる非公開の情報だ。
 でも自称名探偵の小浜勘右衛門ならそのぐらい把握して然るべき、だろう?
 ニュースになっていないこととはいえ、周辺住民の間では評判になっているんだ。
 つまり、その目撃情報によると、おれが一番怪しいってことになっている。おれと背格好容姿のよく似た不振な男が、少年の手を引いて歩いていたって、目撃者が言うんだから。
 もちろんおれは犯人じゃない。アリバイだってある。
 だから、という話。
「いや、でもそれは……確かに異常に似てるけど……ちょっと、短絡的な推理じゃないか?」
「まあ、これだけなら。だから警察にはまだ言えない。半端なことやると、逃げ切られそうだから」
「証拠揃えて、追い詰めるつもりか」
「そうだ」
 勘右衛門は深刻に黙り込んだ。口角が僅に持ち上がり、薄い唇の隙間が不敵に笑っている。
 良かった、本当に。こいつは正義側の無責任な野次馬。
 正義に見える方を取り敢えず応援しようって腹だろう。もちろん、怪しいと思われた時点で手の平返されそうだけど。
「お前は本当に面白いよ」
「そりゃどうも」
「褒めてるぜ」
「判ってるよ」
 何故か勘右衛門は小さく噴き出して笑った。
「だから……つまり、父親の所にいるとかなら、もうどうせ手に負えないから、諦める」
「そうか……うん、それなら……判った。で、その目撃証言でお前の親父よりお前の方が先に疑われたのは、お前が失踪しているって情報があったからか」
「それと、父親にはどうやらアリバイがあるらしい」
「知人の証言−−?」
「そう。その日は日頃から通ってるパチンコ屋に一日中居たって、パチンコ友達からの証言」
 人の金でギャンブルしてんじゃねーよ、と思う。別に返してもらおうとか思ってないが。
「詐欺師は好きよね、パチンコって。にしても小銭で偽装できそうなアリバイだ」
「口がうまいから。バレない自信はあるんだろう」
「意外とバレないかどうか不安で仕方なかったりするんじゃない。だってお前は、そのうち出る所に出て親父に不利な証言する気マンマンなんでしょ」
「まあね」
「怖えなあ。ホント、夜道に気をつけなよ、君は。おれもだろうけど」
 おれは笑いもしないで頷いた。冗談にもならない話だ。何にせよ、まずおれが殺されちゃ、全ておしまい。居場所も知られてしまったようだし。
 日が落ちた。
 住宅街の街灯が、まだ点灯されていない。光もないのに幾つもの影が重なり合って、重苦しい空気が漂い始めた。目の前にいるはずの勘右衛門の顔さえ読めない。空気は静まり返り、人の体温なんてものが少しも感じられないような暗さだ。多分、もうほとんどの人が家に篭っている。通りすがりも期待できず、誰の証言も得られない。これだから田舎は……なんだか、殺人にも格好のシチュエーションじゃないか。
「それにしても」見えない顔で勘右衛門が言った。「それにしてもお前、本当に親父と似てるよ。損な人生だな」
「今更」
 その後に続ける言葉が出なかった。
 似てる、だって。やめてくれ。
 それはおれの猟奇性の最たる証明だ。客観的な科学的な理性的な物理的な異常性なんだ。やめてくれ。反吐が出そうだ。
「あいつ年いくつなの」
「二十六」
「は? お前は?」
「十七。お前と同じだって」
 勘右衛門は、暫く絶句していたようだった。暗くて表情が見えない。
 いや、でも、前例はいくらでも……と、ブツブツ呟く声が聞こえた。
 その時、俄にジジジ……という音を立てて、一斉に街灯が光りだした。
 ぼやけた輪郭だが、奴の顔がようやく見えるようになった。小難しい顔をしていた。
「よく信じる気になるよな」
 薄らボンヤリした黄色光に誘発されたみたいに、ふと、意味もなく呟いた。皮肉めいて聞こえたかもしれないが、蔑まれるべきは「嘘つき」のおれの方だろう。今話した内容には、嘘はないけど。
 勘右衛門は小難しい顔を急にほどいて、丸く見開かれた目で、こっちを見た。
「あ」
 ポカンと開いた唇。
 違う、視線が素通りしている。
 右の利き手のを少しだけ持ち上げている。控えめに指差すような仕草。
 頭だけ、後ろへ回した。緩慢だった、おれの動きは。視界で捉えるより先に、パタパタと走り去って行く足音が聞こえたのだ。
「あいつだ!」
 勘右衛門が弾かれたように走り出した。
 あいつ、だ!
 長い髪の影が、鈍く光る住宅街の路地裏にたなびいていた。
 彼女の消えた曲がり角へ、走る。追う。短い路地の向こうに、細長い人間の後ろ姿が見える。黒いアスファルトを蹴りつけて、左右に流れて行く情景の中、走った。
 彼女はまた走る。逃げていく。路地を右手に、左手に、路面駐車の車の影へ、影を縫うように、弱々しく細い二本の足を懸命に動かしている。
 次第に彼女との距離は縮まっていた。
 おれは彼女よりは早く走れる。彼女は、クラスでも左程足の早い方じゃない。知っている。いつか遠くから、彼女のクラスの体育の授業を見ていた。
 それに彼女は大きな荷物を抱えていた。重たそうな、幼児の一人でも収納できそうな黒いバッグ……。
 追いつける、と思った。難なく。その長い髪を掴み上げて、引き摺り倒すことができる、と。
 小汚い公園に沿う道へ出た。砂場、ブランコ、ジャングルジム、滑り台、ベンチ。すべての金属は錆び付いて、全ての木材は腐食しすり減っていた。
 長い一本道だった。彼女は真っ直ぐに走っていくだろう。
 多分この道を走り切る前に追いつける。
 走った道筋について考えていた。以前ここからそう遠く離れていない所にいる父親と暮らしていたにも拘らず、おれはこの町の殆どを地図でしか知らない。
 引き返すこと、彼女を連れて、若くは一人で……引き返すこと、を想定していた。先のことを。
 なんだか、まだ余裕があるみたいだ。
 彼女の背中へ手を伸ばした。
 髪を引き摺る必要はない。
 急に彼女が身体を捻り、振り返った。
 伸ばした手が宙を掴む。
 あーちゃん、君はまるで追い詰められた子犬のように、顔を歪めていた。その端整な顔が一瞬だけ視界に入り込んだ。
 彼女の体が車道の真ん中へ弾き飛ばされた。
 抱えていたバッグが、地面に墜落する。
「グゥッ」
 と、形容し難い呻き声が、地面近くから弱く響いた。
 彼女を突き飛ばした黒い塊が立ち上がる。
 ところでおれの通う高校の制服は深い緑と紺のチェックのブレザーで、こんなに暗い夜は当たり前だけど真っ黒に見える。
 まして勘右衛門は髪も染めず真っ黒な頭をしている。おれも染めてないけど。
「こう、頭も使わないとね。馬鹿正直に走り回るだけじゃあな」
 そういえばこいつ、いつの間にか姿が見えなくなっていた。どこかに置いてきたかと思ってたら。別に待ち伏せなんかしなくても追いつけてたタイミングだったし。
 地面の上で体を折り曲げていたあーちゃんが、弱々しく身体を震わせて上体を起こそうとしていた。
 勘右衛門は彼女には目もくれず、落ちたバッグの方へ近づいていく。
「兵助はあっち」
 と、視線も向けず言う。
「指示すんなよ」
 彼女がパッと顔をあげた。深刻に、どこか大怪我でもしたかのような悲劇的な目でおれを見た。
 それを少し離れた所から見下ろしている。
 おれは全く何も準備していない自分に気がついた。
 なぜ、と訊ねる権利はあるのだろうか……。
 一歩、近づく。
 彼女が全身をビクリと震わせた。
 そもそも彼女の全ての不幸はおれがこの世に生まれてきてしまったことに起因するわけで。
 追いかけなくてもよかった。無事に家に帰れたことを確認できれば、それで短絡的な願い事は完成していたんじゃないだろうか。
 もう一歩、近づく。
 黄ばんだ街灯の光の下で、彼女の瞳は徐々に燃えるような怒りを灯し始めていた。……暗すぎて見えていなかっただけだろうか……。


長い間更新が空いて書きためていたかと思いきやそうでもないっていう

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