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あまり時間がないのでここだけ更新しています。 その日書いた分をまとまりなく記事にしています。 ある程度まとまったらHTMLにする予定です。
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「あーちゃん」
「なんですか」
 彼女は、焼けたフライパンをテーブルの上に無造作に置いた。ガラス製のテーブルはカチンと耳を砕くような音を鳴らした。割れそうだ。
「あーちゃん」
 もう一度、彼女の不正確な名前を呼んだ。
 この名前を呼ぶたびに、あの頃の薄暗い思い出が記憶から溢れでてくるような気がする。
「へーくん」
 あーちゃんが、おれの不正確な名前を呼んだ。
 そしてこの名前を聞く度に、やっぱり同じように気分が悪くなる。世界の全てから千回ずつ打ちのめされたような感じの、あの気分だ。
 それでもまだおれはこの名前を捨て切れない。
 あーちゃんが、その大きな二つの目で、おれをのぞき込んでいる。
 おれは、その体液に濡れた目の、電灯の写り込んだ光をのぞき返した。
 お互いの正確でない名前を呼び合って、そして見つめ合った。まるで恋人同士のように。
 彼女の薄く開いた唇の隙間から生暖かい酸素が吐き出されている。
 頬を赤らめた。幸せそうだ。彼女は。本当かな。
 言葉が出ない。
 見つめ合っている。彼女の体温がそのまま伝わってくるような距離で、でも、おれの手は、決して彼女の触れないようにと緊張している。ソファの柔肌に両手をめり込ませて、ほんの数センチの最短距離を踏み切れない。
 本当に彼女は幸せなんだろうか?
 今、こうして見つめ合っていて。君は笑っているけど。

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 翌日の朝のニュースで、幼女の右足と毛髪が、その子が生前通っていた小学校の校庭で発見された、と報道があった。
 第一発見者は近所の高校生だった。深夜田畑の周辺をバイクで走り回り、近所の小中高の校庭にに集合するという、今ひとつ暴走族になりきれない若者たちの集団のようだ。
 真っ暗なだだ広い運動場の片隅に乗り込んで、ヘッドライトの先にそんなの転がってるのを発見したら、嫌だろうなと思う。とても嫌だろうなと思う。
「災難だね」
 テレビを見ながら、なんとなく呟いた。
「ん」
 後ろから、あーちゃんの声。換気扇の回る音。じゅうじゅうと油の煮える音。肉の焼ける匂い。吐きそう。
「どうかしました?」
「テレビ」
 ソファに全身を沈めてテレビを指さすと、台所からあーちゃんが出てきた。足音が聞こえる。
「面白いですか?」
 あーちゃんはおれの横に腰を下ろした。手に、フライパンとフライ返しを持ったままで。
 まだじゅうじゅう言っている。現在進行形で肉が焼けている。油がどろどろと溶け出している。獣臭い煙が上がっている。
 これはお店で買ってきたやつで、あれじゃない……よね?



どの順番で何を出すか迷っている

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「電話とか」
「電話をかけるのに常識的な時間に、暇があったためしがない」
 伊作さんはどちらかというと痩せて青白い顔色の男だ。女のように髪を伸ばしているが、切る暇もないのだと言う。病院が繁盛している引換なんだろう。
 痩け気味の頬を人差し指と中指で何度か掻いた。
「帰ります」
「もう? 一時間は診療時間で取ってあるんだ。君が帰ったら、別な患者を押し付けられる」
「一時間も?」
 一時間もの間、この医者と中身の無い会話を続けるのか?
 この人のことが格別嫌いというわけじゃないが、それにしたって一時間も他人と二人っきりで、話すことなんてそうそうない。
「いいじゃないか。それとも何か、君がいいと言うなら僕は仮眠を取ってやるぞ」
「はあ」
「いいのか? 君の目の前で、君の存在を無視し、机に突っ伏してあと五十分は寝続けてやる」
「帰っていいんですね?」
「だから」いじけたように口をとがらせた。「冗談だよ。つまらないかな」
「すいません」
「なぜ謝る。謝られた方が虚しい」と、呟いた後に慌てて、「いや、それは今はいい」
「とかく僕は君の監視役だし保護者代理だ。数日に一回一時間、話し合うぐらいは当然だろう」
「監視役というのは初めて聞きました」
 伊作さんが、しまった、という顔をした。
「ま、まあ、悪い意味で言ったんじゃないよ。……その、君を心配している人がたくさんいるってことさ」
「たくさんって」
 一人、二人じゃ、たくさんじゃないだろう。少なくとも三人目がいないと。
 大人でおれの経歴をはっきりと知っている人間なんてこの街には伊作さんと父親しかいないじゃないか。伊作さんと父親が知り合いなわけはないし、あと一人は誰だ?
 伊作さんはまだ落ち着きなく視線を泳がせて、自分の頬をつねったりしている。
 善良そうな人だ。
 犯罪を企んでいるようにも見えないし、あんまり突っつく必要もないか。
「話、戻そう。とにかく、ま、学校は上手く行っていると」
「はい」
「いじめられてない?」
「全く」
「友達できた?」
「同じクラスで、何人か」
「授業にはついていけてる?」
「今のところは」
「受験、どうするんだ?」
「生活が安定してから考えます」
「バイトとかは?」
「してません」
「どうするんだ」
「落ち着いたら考えます」
「いつ落ち着くんだ」
「そのうち」
「言えないのか」

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「君は患者じゃないから。言っちゃなんだけど、君別に医者にかかる必要、なさそうだよね」
「そうですか? 精神科の扉を叩いたのは三回目ですよ。ご存知だと思いますけど」
「でも治したいところなんてないんだろ」
 相変わらず腕を組んでふんぞり返り、にやにや笑って言った。
 確かにおれはこの病院に患者として通っているわけじゃない。一応、診察に来たという形にはしているが、それは診療時間の方が時間の都合がつけやすい、むしろサボる口実になると伊作さんが希望したからってだけだ。
 だからといって自分が医者に掛かる必要のない五体満足とは思わないが。
 少なくとも二回目に病院に駆け込んだ時には――一回目は事件直後に否応なく収容されたが、二回目は自分の意志だった。
 三回目のここは、二回目におれを見てくれた医者からの紹介だった。
「まあ、健康そうなのはいいんだよ。取り敢えず安心した」
「病院に来るならもっと不健康を装った方がいいでしょうか。始終独り言をしているとか」
「うちに来る患者程度なら、毎度泣きそうな顔をしてりゃ十分だけどね。混ぜっ返すなよ」
「そういう気分ではないです。独り言ならいくらでも出てきそうですけど」
「混ぜっ返すなって言ってるだろう」
 口をとがらせ、首を傾げた。それから一呼吸の間、何か考えたようで、
「君には感心することばかりだ」
 と、言った。
「よく言われます」
 と、返した。褒められているわけじゃないということぐらいはわかっているからだ。
「うん。まずそれだけ減らず口が叩けるのがすごい」
「それもよく言われます」
「とてもじゃないが十歳児のようには思えない」
「十七歳です」
「こんなにコミュニケーション能力の発達した十歳児存在しない」
「十七歳です」
「僕は早急に師匠と連絡を取り、君の精神的成長過程を洗ってみたいと考えている」
 師匠というのは、おれに伊作さんを紹介した精神科医のことだ。彼は大学病院に務める生真面目な教授で、伊作さんの学生時代の恩師だった。
「まだ連絡とってないんですか? おれの生存報告してるんじゃなかったんですか?」
「メールは送っているけど、不精な人だからねぇ。返事が一ヶ月ぐらい経たないと来ないんだ。いつも」

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□七、インチキ精神科医の思考実験
「学校には慣れたかい」
 と、医者はパソコンの画面に向かって質問した。
 茶色い木目の壁に囲まれた小部屋だ。おれは背もたれのついた大きな丸椅子に座っている。医者とおれの他は誰もいない。壁は分厚く、外の雑音は入ってこない。代わりに小さな音でなんだか柔らかいような楽器の音が鳴っている。
 医者は右手でキーボードを叩き、左手でアップにしたボサボサの茶髪を何度か撫で付けた。
「まだ、色々と驚くことが多いです」
「そう? そういう顔はしていないように見えるけど」
 椅子を回して、こっちを向く。ニヤリと笑った。
 特に返す言葉もない。顔に出ないのは、育ちの問題。そういう性格なんだ。
「さて、今日で三回目の診察です」
「はあ」
「どうしようか」
「どうするもんなんですか?」
「難しい質問だ」
 腕を組んで、それから右手で顎を撫でた。
「また心理テストやってみる?」
 おれは答えなかった。というか何を答えればいいのかわからなかった。だって医者にかかりにきて、診察あるいは治療方法を選ぶ自由を貰っても困る。どこが悪いかどうやって治せばいいかわからないから病人なんだ。
「冷めてるね」
 肩をすくめてつまらなそうに言った。
 この人は精神科の医者で、名前を善法寺伊作というらしい。ちょうど三十路、と証言していた。戸籍を見たわけではないので本当かどうかは知らない。
 この医者先生はおれの現住所から電車で六駅、山と川を超えた先の街中で雑居ビル内に精神病院を開業している。医者は他に男性が一人、女性が一人いるようだ。待合室にはいつも(三回目だが)十人近くが順番待ちをしている。昨今の社会情勢上、こういった商売は繁盛すると聞く。
 息の詰まる時代だからね、とは医者本人の弁。実感がこもっていた。不養生だろうか。
「この間の心理テストはどういった結果だったんですか」
「知りたい?」
「知りたいですね」
「うちはあんまり患者には詳しく言わないようにしてるんだよ」
「何故?」
「意外とつまらないからさ。みんなもっと大層深刻な結果が出るに違いないと期待して来てるんだ。夢を壊しちゃ悪いだろ」
「その発言自体、どうなんですか」
「君は患者じゃないから」
 そう言って苦虫を噛み潰したように表情を曇らせた。同情されているな、と、それぐらいはわかる。
 確かにおれはこの病院に患者として通っているわけじゃない。一応、診察に来たという形にはしているが、それは診療時間の方が時間の都合がつけやすい、むしろサボる口実になると伊作先生が希望したからってだけだ。
 だからといって自分が医者に掛かる必要のない五体満足とは思わないが。


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