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あまり時間がないのでここだけ更新しています。 その日書いた分をまとまりなく記事にしています。 ある程度まとまったらHTMLにする予定です。
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「綾部」
 彼女は、その名を呼ばれて、あまりにも大きな衝撃を受けたように、また身体を震わせた。その弾みで、一つに結ばれていた髪がほどけた。走っていた間に緩んだのだろうか。風が吹き流れ、顔に、全身に、その豊かな髪が蛇のようにうねり、絡みつく。
 黒々とした髪の隙間から、彼女がおれを見上げていた。
「うわっ」
 水を注したのは勘右衛門の悲鳴だった。ドン、と地面に何か落ちた音が続いた。
 反射的に振り向く。
 まず路面に尻餅をついた勘右衛門が目に入った。
「兵助! あ、あれ!」
 大げさ以上に震える手が、指差した先。
 あーちゃんが抱えていた黒いボストンバッグ。勘右衛門がそうしたのか、その口が大きく開いている。
 その瞼のような隙間から、肌色の棒切れのようなものがはみ出ていた。折れた棒切れのような。まるで人間の腕のように、肘の所で折れ曲がった棒切れのようなものが。


この話に出てくる勘右衛門のノリの軽さはどうかと思うよ
なにがどうかというとこういう解釈でいいのだろうか……というどうかという
タカ丸とか鉢屋とかも軽薄なノリだと思うんですけど
その二人ともちょっと違うかんじ
喋り方とかもかなり軽々しいかんじにしてるんですけど
別にこの話でそういう役割だからそうなってるわけじゃないんです
はっきり言うといなくても話は進まないこともない
というか最初は伊作が探偵役だった

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 こんなところでやり合って、おれの方には不利益しかない。父親の方は、色々あるんだろうけど。
 おれは出口に向かって真っ直ぐに歩いた。ざわついたファミレス店内に好奇の視線が飛び交っている。できるだけ目を合わせないようにして、父親の横を通り過ぎた。奴は何かに耐えるような顔で目を瞑り唇を噛み、道を譲った。勘右衛門が後に続いた。
「すみません、先輩。あの子はまだ幼児同然で……」
 後ろから父親の声が聞こえた。あの刑事に向かって言っているのだろう。やはり判り易い物言いだった。

□十二、被害者少女A
 ファミレス前の薄ら汚い路上から彼女の影が無くなっていた。あのクズと言い合っている内に、いなくなってしまった。どこに消えた?
「おい、兵助、ちよっと待てって」
「なんだよ」
 背後から勘右衛門に肩を掴まれて、立ち止まった。
「なんだよってお前な、ちょっと説明しろよ」
「何を? 親のこと? なら見たまんまだって」
「それも気になるけどさ。まずお前、どこに行くのよ」
「あ?」
「お前んちこっちじゃねーだろ」
 と、勘右衛門はおれの走っていた方向を指さしつつ言った。日の落ちかけた青黒い住宅街の隙間を縫う路地裏。
「別にどっか用事あるってんなら、いいんだよ。でも急に走り出すってのはさ、異常だよ」
 急いでいた。慌てていた。彼女が消えた。探そうと思った。異常でもない。でも、他人の目から見たら、異常か。
「さっき、外に綾部がいたんだ。一年の、綾部」
「外?」
「父親の後ろに居た。店に入って来なくて、気がついたら居なくなってた」
「あの一年の女子か」
 呟いて、少し考えてから首を振った。
「見てない。覚えてない」
「居たんだ」
「お前の親父と一緒にってこと?」
「そう」
「何でだよ」
「知らない」
「ああ、だからか」
 勘右衛門はふっと笑い、おれの横に並んだ。いや、通り越して道の先に立った。
「探して聞き出せばいいわけだ。こっち?」
「あっちの方に住んでる筈だから。とりあえず無事に家に帰ってれば」
「なるほど」
 頷き、歩き出した。おれも。走る程でもない速度で。
「家に帰ってるって確証あるわけ?」
「ない」
「他に心当たりは」
「……ない」
「いや、実はファミレス周辺にまだ居る可能性だってあるでしょ。お前の親父が連れて来たって言うならさ」
 その通りだし、もしかしたら奴の自宅へ向かっているかも知れない。おれは自分が生活していた建造物の場所ぐらい覚えている。ここからさほど離れてはいない。あるいはあのボストンバッグの中身を遺棄するために、人気の無い森に入って行っているかも知れない。
 彼女の意図なんて判らない。判れば追いはしない。
「もしも彼女が家に帰っている訳じゃないなら、諦める」
「え、なんで? どういうこと?」
「誰にも言うなよ」
 立ち止まる。勘右衛門に向き直った。おれはまるで犯人の死刑判決を待つ遺族のような深刻な表情をしていただろう。比喩にもならない。まるで……まるでその通りだ。
 中途半端に振り返った勘右衛門が、何か言いたげに口を開き、しかしながら黙ってこっちの出方を待った。
「あいつが犯人なんだ」
「犯人」
 囁くように、呟くように、オウム返しに、勘右衛門は独り言ちた。
「最近の」
 と、そこまで言った時、勘右衛門が首を振っておれを制した。
「人が来る」
 それまで向かっていた方向を指さし、低く言った。歩き出す。大股で追って、横に並んだ。
 奴が追ってきている可能性は、否定できない。
「最近の?」
「誘拐と殺害と遺棄」
 自然、二人揃って低い声になる。
「お前の親父だ」
「そうだ。別に、親が殺人犯の奴だってこの世にいくらでも居るだろ。殺人なんて世界中いつでもひっきりなしに行われてるんだし」
「まあ、そうだろうけどよ。なんで警察に行かないの?」
「証拠がない」
「じゃあ何で……」
「だっておれが容疑者に数えられてるんだ。被害者の一人がいなくなった前後で、目撃証言があって」
「あっ」
 小さく驚愕の声を上げて、勘右衛門はまじまじとおれの顔を見つめた。それからゆっくりと、全身を頭上から踵まで、視線を一往復させた。
「先に気付けよ、名探偵」
 先日からバラバラ死体で見つかってる女の子と、ほぼ同時期に行方不明になった双子の兄がいる。ほぼ一ヶ月半以前。彼の消息は不明なままだ。おれも知らない。が、彼が姿を消す直前に、その自宅近辺で不振な男が目撃されている。
 これは一応、警察が掴んでいる非公開の情報だ。
 でも自称名探偵の小浜勘右衛門ならそのぐらい把握して然るべき、だろう?
 ニュースになっていないこととはいえ、周辺住民の間では評判になっているんだ。
 つまり、その目撃情報によると、おれが一番怪しいってことになっている。おれと背格好容姿のよく似た不振な男が、少年の手を引いて歩いていたって、目撃者が言うんだから。
 もちろんおれは犯人じゃない。アリバイだってある。
 だから、という話。
「いや、でもそれは……確かに異常に似てるけど……ちょっと、短絡的な推理じゃないか?」
「まあ、これだけなら。だから警察にはまだ言えない。半端なことやると、逃げ切られそうだから」
「証拠揃えて、追い詰めるつもりか」
「そうだ」
 勘右衛門は深刻に黙り込んだ。口角が僅に持ち上がり、薄い唇の隙間が不敵に笑っている。
 良かった、本当に。こいつは正義側の無責任な野次馬。
 正義に見える方を取り敢えず応援しようって腹だろう。もちろん、怪しいと思われた時点で手の平返されそうだけど。
「お前は本当に面白いよ」
「そりゃどうも」
「褒めてるぜ」
「判ってるよ」
 何故か勘右衛門は小さく噴き出して笑った。
「だから……つまり、父親の所にいるとかなら、もうどうせ手に負えないから、諦める」
「そうか……うん、それなら……判った。で、その目撃証言でお前の親父よりお前の方が先に疑われたのは、お前が失踪しているって情報があったからか」
「それと、父親にはどうやらアリバイがあるらしい」
「知人の証言−−?」
「そう。その日は日頃から通ってるパチンコ屋に一日中居たって、パチンコ友達からの証言」
 人の金でギャンブルしてんじゃねーよ、と思う。別に返してもらおうとか思ってないが。
「詐欺師は好きよね、パチンコって。にしても小銭で偽装できそうなアリバイだ」
「口がうまいから。バレない自信はあるんだろう」
「意外とバレないかどうか不安で仕方なかったりするんじゃない。だってお前は、そのうち出る所に出て親父に不利な証言する気マンマンなんでしょ」
「まあね」
「怖えなあ。ホント、夜道に気をつけなよ、君は。おれもだろうけど」
 おれは笑いもしないで頷いた。冗談にもならない話だ。何にせよ、まずおれが殺されちゃ、全ておしまい。居場所も知られてしまったようだし。
 日が落ちた。
 住宅街の街灯が、まだ点灯されていない。光もないのに幾つもの影が重なり合って、重苦しい空気が漂い始めた。目の前にいるはずの勘右衛門の顔さえ読めない。空気は静まり返り、人の体温なんてものが少しも感じられないような暗さだ。多分、もうほとんどの人が家に篭っている。通りすがりも期待できず、誰の証言も得られない。これだから田舎は……なんだか、殺人にも格好のシチュエーションじゃないか。
「それにしても」見えない顔で勘右衛門が言った。「それにしてもお前、本当に親父と似てるよ。損な人生だな」
「今更」
 その後に続ける言葉が出なかった。
 似てる、だって。やめてくれ。
 それはおれの猟奇性の最たる証明だ。客観的な科学的な理性的な物理的な異常性なんだ。やめてくれ。反吐が出そうだ。
「あいつ年いくつなの」
「二十六」
「は? お前は?」
「十七。お前と同じだって」
 勘右衛門は、暫く絶句していたようだった。暗くて表情が見えない。
 いや、でも、前例はいくらでも……と、ブツブツ呟く声が聞こえた。
 その時、俄にジジジ……という音を立てて、一斉に街灯が光りだした。
 ぼやけた輪郭だが、奴の顔がようやく見えるようになった。小難しい顔をしていた。
「よく信じる気になるよな」
 薄らボンヤリした黄色光に誘発されたみたいに、ふと、意味もなく呟いた。皮肉めいて聞こえたかもしれないが、蔑まれるべきは「嘘つき」のおれの方だろう。今話した内容には、嘘はないけど。
 勘右衛門は小難しい顔を急にほどいて、丸く見開かれた目で、こっちを見た。
「あ」
 ポカンと開いた唇。
 違う、視線が素通りしている。
 右の利き手のを少しだけ持ち上げている。控えめに指差すような仕草。
 頭だけ、後ろへ回した。緩慢だった、おれの動きは。視界で捉えるより先に、パタパタと走り去って行く足音が聞こえたのだ。
「あいつだ!」
 勘右衛門が弾かれたように走り出した。
 あいつ、だ!
 長い髪の影が、鈍く光る住宅街の路地裏にたなびいていた。
 彼女の消えた曲がり角へ、走る。追う。短い路地の向こうに、細長い人間の後ろ姿が見える。黒いアスファルトを蹴りつけて、左右に流れて行く情景の中、走った。
 彼女はまた走る。逃げていく。路地を右手に、左手に、路面駐車の車の影へ、影を縫うように、弱々しく細い二本の足を懸命に動かしている。
 次第に彼女との距離は縮まっていた。
 おれは彼女よりは早く走れる。彼女は、クラスでも左程足の早い方じゃない。知っている。いつか遠くから、彼女のクラスの体育の授業を見ていた。
 それに彼女は大きな荷物を抱えていた。重たそうな、幼児の一人でも収納できそうな黒いバッグ……。
 追いつける、と思った。難なく。その長い髪を掴み上げて、引き摺り倒すことができる、と。
 小汚い公園に沿う道へ出た。砂場、ブランコ、ジャングルジム、滑り台、ベンチ。すべての金属は錆び付いて、全ての木材は腐食しすり減っていた。
 長い一本道だった。彼女は真っ直ぐに走っていくだろう。
 多分この道を走り切る前に追いつける。
 走った道筋について考えていた。以前ここからそう遠く離れていない所にいる父親と暮らしていたにも拘らず、おれはこの町の殆どを地図でしか知らない。
 引き返すこと、彼女を連れて、若くは一人で……引き返すこと、を想定していた。先のことを。
 なんだか、まだ余裕があるみたいだ。
 彼女の背中へ手を伸ばした。
 髪を引き摺る必要はない。
 急に彼女が身体を捻り、振り返った。
 伸ばした手が宙を掴む。
 あーちゃん、君はまるで追い詰められた子犬のように、顔を歪めていた。その端整な顔が一瞬だけ視界に入り込んだ。
 彼女の体が車道の真ん中へ弾き飛ばされた。
 抱えていたバッグが、地面に墜落する。
「グゥッ」
 と、形容し難い呻き声が、地面近くから弱く響いた。
 彼女を突き飛ばした黒い塊が立ち上がる。
 ところでおれの通う高校の制服は深い緑と紺のチェックのブレザーで、こんなに暗い夜は当たり前だけど真っ黒に見える。
 まして勘右衛門は髪も染めず真っ黒な頭をしている。おれも染めてないけど。
「こう、頭も使わないとね。馬鹿正直に走り回るだけじゃあな」
 そういえばこいつ、いつの間にか姿が見えなくなっていた。どこかに置いてきたかと思ってたら。別に待ち伏せなんかしなくても追いつけてたタイミングだったし。
 地面の上で体を折り曲げていたあーちゃんが、弱々しく身体を震わせて上体を起こそうとしていた。
 勘右衛門は彼女には目もくれず、落ちたバッグの方へ近づいていく。
「兵助はあっち」
 と、視線も向けず言う。
「指示すんなよ」
 彼女がパッと顔をあげた。深刻に、どこか大怪我でもしたかのような悲劇的な目でおれを見た。
 それを少し離れた所から見下ろしている。
 おれは全く何も準備していない自分に気がついた。
 なぜ、と訊ねる権利はあるのだろうか……。
 一歩、近づく。
 彼女が全身をビクリと震わせた。
 そもそも彼女の全ての不幸はおれがこの世に生まれてきてしまったことに起因するわけで。
 追いかけなくてもよかった。無事に家に帰れたことを確認できれば、それで短絡的な願い事は完成していたんじゃないだろうか。
 もう一歩、近づく。
 黄ばんだ街灯の光の下で、彼女の瞳は徐々に燃えるような怒りを灯し始めていた。……暗すぎて見えていなかっただけだろうか……。


長い間更新が空いて書きためていたかと思いきやそうでもないっていう

拍手[1回]

「家に帰る気は、ないんだね」
「ない」
「どうして? 家のお金を盗んで出ていったのを、怒られると思ってるからかな」
 いやらしい奴だ。この場にいる第三者に聞こえるようにわざわざよく通る声で言う。おれの印象を落として、自分の印象は上げようとしている。こういう言い回しが上手い。
 でも、その金はおれのために国が振り込んだ金額より随分少なかったはずだろう?
 こいつの口座には、毎月何もしなくても順調にそれなりの金額が振り込まれるようになっている。おれが転がり込んできたことで父子家庭になって生活保護の対象になれたし、犯罪被害者等給付金ってやつもある。これは九年前の事件の被害者であるおれが、未だに重い障害を負っているということで……頭の方の障害だから事実どうなんだか判らないが、とにかく父親の準備した医者がずっとそう診断していたからそういうことになっている、それに対しての給付金で、つまりどちらにしろおれが受け取るべき金だ。
 だからこいつが定職にもつかず、税金で遊んで暮らしているのは世間とおれのおかげだ。その上でこんなでかい顔とでかい声でいられるのは、ある種の特異な才能だろう。一般的な神経の持ち主なら恥ずかしくて表を歩くことも出来ないと思う。
「おい、なんか反論しろよ」
 勘右衛門がおれの肩を叩いた。小声でもなかった。明らかに苛ついた声色で、奴に対抗するような、周囲に言い聞かせるような言い方だ。
「喋らない方がいい」
「はあ?」
「あいつは口がうまい。職業詐欺師だよ。そういうのには、端から関わらないほうがいいんだ」
「お前の父親だろ?」
「そうだ」
 勘右衛門はおれの顔を二秒ほどじっと見た。それから、頷いた。
 話が早くていい。
「金のことならそこの刑事さんにご相談されたらいいんじゃないですか。出るとこに出るとか」
「そういうのって可能なの?」
 と、勘右衛門が刑事に向かって言った。
 急に話を振られたからか、刑事は目をきょとんとさせて、
「それは……」と言い澱んだ。
「それは、無理だ。基本的に警察は親族間の金銭トラブルに介入することはない」
「そりゃそうか。どうすんの?」
「帰る」
「出直し?」
 他人事だからってニヤニヤしやがって。相変わらず楽しそうにしている。別に嫌いじゃないんだけど。
「出直しって、もしかして何か悪いことを企んでいるんじゃ……」
 いかにも痛ましげに言う。父親は、いかにも心配しているといった演技で、子供を思いやる穏やかな性格の父親という、周囲から見た印象を完成させようと図っている。
 考えてみると、嘘を吐くこいつの顔を正面から見たのは初めてだ。父親はおれに対してはそれなりに正直だった。もちろん正直者だから善人というわけではない。大抵の殺人鬼は、犯行現場では自分の欲望に正直だったはずだ。
「もう帰ります。家には戻りません。さよなら」
 少し芝居がかった台詞だろうか? たまに父親の遺伝子を感じて気分が悪くなる。
 おれは出口に向かって真っ直ぐに歩いた。ざわついたファミレス店内に好奇の視線が飛び交っている。



誤字脱字がひどい
というかもう日本語が崩壊している
まああとで書きなおすからええか と思ってあまり見直しもせずに先進んでるんですけど
一個前のとか本当にひどい
なにもかもandroidの日本語入力が貧弱なのが悪い

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「兵助、おれも帰るわ」
 勘右衛門も立ち上がり、それからおれの耳元に口を近づけた。
「あれがおまえの親父? なんか……」
「おかしいだろ。見たまんまだ」
「変に若い」
 言いながら、勘右衛門は小さく頷いた。異常な点はそれだけじゃないが。面倒な内容を後に回す程度の分別はあるらしい。
「こんにちは。久しぶり」
 店内を真っ直ぐに近付き、声を掛けるのに不自然でない距離まで至ってから、父親は声を出した。
 まるで親子の再会とも思えない淡々とした短い言葉を、眉を下げていかにも悲しそうに、本心ではもっと溢れんばかりの愛情を抱いているのに、深い事情のためにそれを発揮することが許されていないのだ……と、そんなふうに周囲に思わせる態度をとる。
 おれの目の前まで来て、立ち止まった。
「探したよ」
 目元に涙が滲んでいる。握手を求めるように右手を差し出した。
 別に肉体の生理的反応を促すのはそう難しくない。嘘泣きができるなんて特技の内にも入らない。
 この男の感心の性質で感心すべき点は、その誰でもできるような演技をごくごく自然に連続で、周囲の誰もが納得するまで根気よく続けることができるということだ。涙一つに留まらず。
 一ヶ月前に行方不明になった一人息子と、やっと再会することができた。といった設定が大嘘であろうと、真面目にやり切る。多大な執着心と尊大な妄想を併せ持っていながら、今のところまでの人生が破綻していない……というか破綻していることを世間に隠し通していられるのは、この虚言癖の積み上げてきた結果だろう。
 要するに救いようのない嘘つきである。
「何も言ってくれないんだね」
「食満留三郎さんと知り合いなんですか」
「え?」
「職務をこえて尽くしてくれてたみたいなんで」
 奴は驚いたような、困ったような顔をした。言うまでもないが、こんな仕草の一つも周囲を自分の思うように動かすための嘘で、本心は別の所にある。断言してやる。
 窓の外にまだあーちゃんがいる。あの大きなボストンバッグの中身はなんだろうか。小学生ぐらいの子供の死体ならちょうど入りそうだ。
 それを見せるために、わざわざ出向いて来たのか?
「いや、学生の頃の後輩なんだ。知らない仲じゃなかった。だから、息子が家出したと聞いてちょっと一肌脱いでやろうと思って」
 後ろから、刑事さんが答えた。
 これは半分は嘘だ。数年前の父親の友好関係がどうなっていたのかなんて知らないが、彼がおれを探したのはさっき言っていた犯人探しのためだろう。

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 何で彼女までそこに居るんだ!
 ファミレスの敷地を囲んだ申し訳程度の緑の植え込み、それから大きな窓ガラス。それだけを隔てた向こうに、父親が人懐こく温和そうな面を下げてこちらを見ていた。
 ドアをノックするような仕草でガラス板を叩く。何かを言った。聞こえない。
 その後ろにあーちゃんがいる。
 着古されたダボダボのジャージに、長い髪を後ろで一つにまとめたあーちゃんは、幽霊のように青白く虚ろだった。
 丸く膨らんだ入った黒いボストンバッグを両手に抱えている。まるで、事実と真逆に、彼女の方がその荷物にしがみついて体を支えているようにも見える。
 彼女はおれの父親の後ろに、従うように立ち控えている。こっちは見ていない。アスファルトへ視線を落としている。
 まさか、と脳髄の内に疑いが走った。
 彼女にまでもが毒牙にかかったのか?
 まさか、と疑った。
 いや、まさか、なんて意味がない。目に見えている事実なんて疑いようもない。おれの頭が狂っているのでなければ。彼女が、そこに立っている。
 父親は入り口を指さし、また何か言いつつ微笑んで頷いた。
「そっちに行くよ」
 と、言ったのだろう。
 おれはやっとテーブルに向き直り、食満留三郎を睨みつけた。
 嘘、か。おれに会う前に連絡を取ってやがったな!
「いや、おれは……」
 弁明するように、奴は首を振った。動揺を隠しきれずに。
「兵助、お前」
「帰る」
 座席に置いていた鞄を引っ掴んで、おれはそのテーブルを飛び出した。
 入り口に奴がいる。ウェイトレスと、一言二言を交わしている。そんな奴と喋るなよ。ただの害悪なんだ。
 こっちを見た。店内の喧騒を透かして…………奴と対峙した。
 出口が一つしか無い。
 横目で窓の外を見た。あーちゃんがまだそこに立っている。魂の抜けたように、荷物を抱えてじっと立ったままだった。



この話最後まで書いたら怒られそうな気がして書いていいものか今も悩んでいる
しかし書き終わって誰からも怒られなかったら本当に寂しいと思う

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